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どんどん緑色に [飯綱日記]
幻想的な緑のベール今年は4月になっても寒い日が続き、関東地方でも安行の早咲き桜がなかなか咲かず、ソメイヨシノと重なるように咲きました。
ところが高原のヤマザクラは昨年の満開が5月20日だったのに、今年は去年より一週間早く15日頃に咲き、20日はもう散りかけていました。
高原は春の訪れは遅いけどいったん暖かくなれば一気に山林の様相が変わっていきます。
飯綱山の山麓に広がる大谷地湿原の水芭蕉は5月はじめはまだほんのちょっと咲き始めたばかりだったのに、2週間経って行ってみるともう花は終わっていて大きな葉っぱばかり、という変貌ぶりです。
5月10日
5月24日この湿原の遊歩道は大変気持ちが良い場所、周りの湿原ではオオヨシキリがギョギョシ、ギョギョシとやかましく鳴き交わして春を謳歌。

リュウキンカ、ニリンソウが咲き乱れていました。
ニリンソウ「春の雨 大地に緑を 撒いてゆき」 (功童)
フェルメール光の王国展 [芸術]
『フェルメール・センター銀座』にて 5月1日
「小路」一部
リ・クリエイトと呼ばれる複製画なのだが、とても良かった。特殊な技術で原画を再現している。360年も経ればどうしても絵の具は変質し色もあせるが、この複製は描かれた当時の色彩を分析し再現しているというのだから、技術の進歩はまったくすごい。
これまでに日本、オランダ、パリ、などでフェルメールを何度も見たが、フェルメールの全作品37点が一度に見られるのはここだけ。まったく豪華である。
何よりも嬉しいのはかなり近づいて見ることができるし、写真もOK、つまり安心してリラックスして名画を鑑賞できるということだ。
海外から日本に名画が来ると、たいていは長蛇の列。絵の前は人だかりで隙間からやっとのぞきこむようにして前の人が進んでくれるのをじっと待ち、ようやく目の前にしても次の人のことを気にかけながらなので、ゆっくり見ることができない。
大体が、名画を見るために人が押し寄せギュウギュウ並んで見るという状態が気恥ずかしいから、どうもうまく鑑賞できない。
それに見ている絵が何億、何十億もすると思うと、絵の値打ちがぶっとんで理解不能になってしまい、おちおち見ていられない気がする。
写真OKなので絵の一部を撮ったりしてみた。


「デルフト眺望」
絵を半分ずつ左右別々に撮ってみた。

お馴染みの「牛乳を注ぐ女」の一部


左は「天文学者」 右は「地理学者」
モデルはレーウェンフックではないかという説があり、なんとなくそうなのかな、と思えてしまう。レーウェンフックは英王立協会へ発送した顕微鏡スケッチや自分の保存用のスケッチを画家に描いてもらっていた。その挿絵の画風がある時期から明らかに変わる。その時期がフェルメールが亡くなった時と一致しているため、レーウェンフックの挿絵はフェルメールが描いた、という説である。
レーウェンフックの顕微鏡の模型も展示してあった。
こんな小さなシンプルな顕微鏡で200倍〜500倍とは、何とも不思議。

37点の作品を見ていると、本物を2,3点見ているときとは別の楽しみがあった。
窓と人物を組み合わせた絵が多い。楽器を持った人物の絵が多い。顔がのっぺりとしてわりと平面的な感じがする絵もある。風景画がいい。
360年も経って活き活きとしている人物・・絵の不思議さですね〜。
展示会は7月22日まで
「小路」一部リ・クリエイトと呼ばれる複製画なのだが、とても良かった。特殊な技術で原画を再現している。360年も経ればどうしても絵の具は変質し色もあせるが、この複製は描かれた当時の色彩を分析し再現しているというのだから、技術の進歩はまったくすごい。
これまでに日本、オランダ、パリ、などでフェルメールを何度も見たが、フェルメールの全作品37点が一度に見られるのはここだけ。まったく豪華である。
何よりも嬉しいのはかなり近づいて見ることができるし、写真もOK、つまり安心してリラックスして名画を鑑賞できるということだ。
海外から日本に名画が来ると、たいていは長蛇の列。絵の前は人だかりで隙間からやっとのぞきこむようにして前の人が進んでくれるのをじっと待ち、ようやく目の前にしても次の人のことを気にかけながらなので、ゆっくり見ることができない。
大体が、名画を見るために人が押し寄せギュウギュウ並んで見るという状態が気恥ずかしいから、どうもうまく鑑賞できない。
それに見ている絵が何億、何十億もすると思うと、絵の値打ちがぶっとんで理解不能になってしまい、おちおち見ていられない気がする。
写真OKなので絵の一部を撮ったりしてみた。


「デルフト眺望」
絵を半分ずつ左右別々に撮ってみた。

お馴染みの「牛乳を注ぐ女」の一部


左は「天文学者」 右は「地理学者」
モデルはレーウェンフックではないかという説があり、なんとなくそうなのかな、と思えてしまう。レーウェンフックは英王立協会へ発送した顕微鏡スケッチや自分の保存用のスケッチを画家に描いてもらっていた。その挿絵の画風がある時期から明らかに変わる。その時期がフェルメールが亡くなった時と一致しているため、レーウェンフックの挿絵はフェルメールが描いた、という説である。
レーウェンフックの顕微鏡の模型も展示してあった。
こんな小さなシンプルな顕微鏡で200倍〜500倍とは、何とも不思議。

37点の作品を見ていると、本物を2,3点見ているときとは別の楽しみがあった。
窓と人物を組み合わせた絵が多い。楽器を持った人物の絵が多い。顔がのっぺりとしてわりと平面的な感じがする絵もある。風景画がいい。
360年も経って活き活きとしている人物・・絵の不思議さですね〜。
展示会は7月22日まで
雪上の馬(2)〜飯縄高原の馬たち〜
(3月29日の写真)
飯綱山を背にネヴァキングダムとピサノパテック
馬は止まっているときはたいてい首を下げてしまうのですが、この子たちは手を上に振るとサッと顔を上に向けます。誇り高そうな顔。


馬に似合うのは何といっても子供ですね・・。
リバティに乗るA君

放牧中のリバティと遊ぶAちゃん

馬着を脱いで雪の上をゴロン。気持ち良さそうでした。

リバティ本当に本当にありがとう!
飯綱山を背にネヴァキングダムとピサノパテック
馬は止まっているときはたいてい首を下げてしまうのですが、この子たちは手を上に振るとサッと顔を上に向けます。誇り高そうな顔。


馬に似合うのは何といっても子供ですね・・。
リバティに乗るA君

放牧中のリバティと遊ぶAちゃん

馬着を脱いで雪の上をゴロン。気持ち良さそうでした。

リバティ本当に本当にありがとう!雪上の馬〜飯綱高原の馬たち〜 [乗馬]
ようやく雪も終わりそうです。
馬の姿は、雪の中で格別に引き立つようで、見る度につい写真を撮っていました。
(2012年 1月から3月)

サダム・ブルームーンとMuさん、セバスチャンとMiさん
サダム・ブルームーンとセバスチャンは、エンデュランス大会で120キロを完走したすごい馬。
この日は二人(二人ともエンデュランスの元全日本選手)で外乗りでしたが、たいてい一人でふらっと山の中に出かけて行きます。
「ちょっと山に行ってくる」と気軽に出かけて行くのがすごい。
セバスチャンもサダムも馬房の中で見ると呑気そうな顔をしていますが、ご主人が乗ったとたん、「仕事モード」のきりっとした顔になり風格が出ます。
野山を、好きなときにふらっと愛馬で走り回るなんて最高の贅沢。
大座法師池の隣の飯綱観光協会の前で


ある日のこと、車を運転していたら観光協会前に馬がいる!
思わず車を止めて近づいたらサダム・ブルームーンとMさんでした。外乗りに出かけるといつもここでおやつタイムだそうです。いいな、馬が立ち寄ってくれるなんて。こういう風景はどこででも見られるというものではありません。

愛馬クォーリーダストに乗るNさん

愛馬ネヴァキングダムに乗るKさん

このぬいぐるみ、人間にはとっても受けていました。
馬たちは・・・??

グッドイナフとラルス(相変わらず雪が似合う)

馬と張り合いたいロン。雪の中できれいです。
馬の姿は、雪の中で格別に引き立つようで、見る度につい写真を撮っていました。
(2012年 1月から3月)

サダム・ブルームーンとMuさん、セバスチャンとMiさん
サダム・ブルームーンとセバスチャンは、エンデュランス大会で120キロを完走したすごい馬。
この日は二人(二人ともエンデュランスの元全日本選手)で外乗りでしたが、たいてい一人でふらっと山の中に出かけて行きます。
「ちょっと山に行ってくる」と気軽に出かけて行くのがすごい。
セバスチャンもサダムも馬房の中で見ると呑気そうな顔をしていますが、ご主人が乗ったとたん、「仕事モード」のきりっとした顔になり風格が出ます。
野山を、好きなときにふらっと愛馬で走り回るなんて最高の贅沢。
大座法師池の隣の飯綱観光協会の前で


ある日のこと、車を運転していたら観光協会前に馬がいる!
思わず車を止めて近づいたらサダム・ブルームーンとMさんでした。外乗りに出かけるといつもここでおやつタイムだそうです。いいな、馬が立ち寄ってくれるなんて。こういう風景はどこででも見られるというものではありません。

愛馬クォーリーダストに乗るNさん

愛馬ネヴァキングダムに乗るKさん

このぬいぐるみ、人間にはとっても受けていました。
馬たちは・・・??

グッドイナフとラルス(相変わらず雪が似合う)

馬と張り合いたいロン。雪の中できれいです。
アンサンブル・ノマド第43回定期演奏会 接触の様相 Vol.3 [音楽]

2012/02/19 オペラシティ・リサイタルホールにて
アンサンブル・ノマドは常に前に前にと進み続けているので、聞く側はいつも新しい思いがけない世界に出会うことができる。
今回のテーマは《政治の季節〜列伝風に〜》だった。
(プログラムに書かれた佐藤紀雄氏の挨拶文 )
「第43回定期演奏会は『接触の様相Vol.3』として、近現代史のなかで、その命知らずな行動によって特異な光輝を時代に放ち、控え目な存在であってもその後の人々に深い印象を残した民衆のなかの英雄をたたえるプログラムをつくった。
20世紀の音楽の世界が専門性を増すごとに社会との結びつきが希薄になっていったなかで、ここに現れる民衆の英雄的行為や存在は一部の作曲家を奮い立たせた。
作曲家と彼ら情熱的な実践家のエネルギーの結び付きは、稀に見るリアリティーあふれる力強い音楽を生み出した。」
この文の通り、演奏された曲はどれもが独特の力と輝きを持っていて、そこに演奏者のあふれるようなエネルギーが加わり、ちっぽけな日常をきっぱりと忘れさせてくれた演奏会だった。
やはりアンサンブル・ノマドはすごい。
ノマドの演奏会にはほとんど足を運んできたが、行くたびに新鮮で驚きがあるのだからまったく素晴らしい。
<プログラムノートより抜粋>
1.C・ウルフ(1934〜):アカンパニメンツ(1972)
中川賢一(piano・語り)
ウルフは1970年代に毛沢東主義に接近し政治的な思想を取り入れた作品を書き始めた。語りで読まれるテキストはヤン・ミルダールとグン・ケスレルの共著「中国ーつづけられた革命」という本から取られたもの。アカンパニメンツは語りと伴奏の意味だが、毛沢東主義革命における『同士』の意味にもかけられている。
2.松平頼暁(1931〜):反射係数(1979〜80)
吉川真澄(soprano) 甲斐史子(viola) 中川賢一(piano)
長崎県月島の隠れキリシタンのオラショを素材とする、ヘテロフォニー、レシタティーヴ、ラオダテ、ナジョー、アンティフォニーの5曲からなる。
本拠地から隔離され、少数化したグループは特殊な変化をとげていく。・・変化は旋律だけでなく進行の本質にまで及ぶ。大事なものは箱にしまうが、年月を経ると箱の中身よりも箱そのものを大事にする。ここに、私は日本を感じる。(松平頼暁)
3.高橋悠治(1938〜):この歌をきみたちに(1976/1981)
菊地秀夫(clarinet) 甲斐史子(violin) 菊地和也(cello) 中川賢一(piano)
「この歌をきみたちに」をアメリカ内外の抑圧された人民のたたかいにささげる。
第1楽章「きみたちは解放の道をあゆむ」グエン・タン作曲の「全面的勝利へ前進」というヴェトナムの歌にもとづく。
第2楽章「ラレスに会いにきて」はプエルトリコ独立運動の歌「ボリクアよ」による。
第3楽章「幸福の歌」は、1964年キット・カースン降伏したナバホ族の女たちが希望をうしなわないために歌った歌。(高橋悠治)
4.F・フィリデイ(1973〜):アナーキスト・セランティーニの葬儀(2006)
佐藤紀雄・甲斐史子・宮本典子・木ノ脇道元・佐藤洋嗣・菊地秀夫(percussions)
セランティーニは薄幸な境涯に育ち学生生活の中で社会的問題に目覚め、共産主義や社会主義に近づいていったがやがてアナキズムに行き着き、1971年からアナキスト・グループに属しながら活動を始める。1972年5月5日、イタリアのピサ。反ファシスト・デモの最中、10名近くの警官に取り囲まれ棍棒で強打されたあげく刑務所に放り投げられ、なんら医療的処置を受けることなく二日後の5月7日に死んだ。
5.L・ベリオ(1925〜2003):オー・キング(1968)
吉川真澄(soprano) 木ノ脇道元(flute) 菊地秀夫(clarinet) 花田和加子(violin) 菊地和也(cello) 中川賢一(piano) 佐藤紀雄(conductor)
アメリカのキング牧師はインドのガンジーの非暴力主義に傾倒し黒人解放のための公民権運動の先頭に立った。ワシントン大行進での「私には夢がある」という演説は世界中を感動させ、1964年には新公民権法が成立し、同年ノーベル平和賞を受賞するも、68年テネシー州メンフィスで白人に暗殺された。この時、ベリオは祈りを込め、ほとんど「オー・キング」の歌詞のみによってこの作品を作曲した。
6.F・ジェフスキー(1938〜):カミング・トゥギャザー(1971)
和田 礼(narrator) 木の脇道元(flute) 菊地秀夫(clarinet) 江川良子(saxophone) 野口千代光・花田和加子(violin) 甲斐史子(viola) 菊地和也(cello) 佐藤紀雄(electric guitar) 佐藤洋嗣(electric bass) 中川賢一(piano)
宮本典子(vibraphone) 吉川真澄(accordion )
1971年、ニューヨーク州のアッティカ刑務所において、あまりの劣悪な生活状況の改善を要求して暴動が起こった。2200人いた囚人のうち1000人ほどが暴動に参加。所員33人を人質に取り、4日間の抗議活動と交渉のすえ、当時の州知事ネルソン・ロックフェラーが武力による鎮圧を州兵に命じた。その結果囚人29名を含む39名が命をおとした。ナレーターが読んでいるのは、一人の囚人サム・メルヴィルの手紙を、加減の法則によって再構築されたもの。楽器のアンサンブルパートも同様の法則によってつくられたベースラインを基に、セクション毎に違った規則に従って即興演奏されている。
活動家に捧げられた曲は、とんがったところはなくむしろ暖かさを感じた。
すべての演奏を聞き終えたとき、ホンワリした気持ちに包まれていた。人類の歴史において懸命に生きた人たちの力、それに感動して音楽を創った作曲家のエネルギー、それを演奏する人々のエネルギー、これだけの力に囲まれることは「癒し」そのものだと、つくづく感じた演奏会だった。
次回アンサンブル・ノマドの演奏会は「設立15周年記念」です。
2012年6月24日(日)14:00開演 東京オペラシティリサイタルホール
2012年9月23日、2013年2月17日と続きます。聞き逃せません。
初心者フルートレッスン(14)〜素人の浅知恵〜 [音楽]
昨日、今年になって4回目のレッスンを終えた。
「アンダーソン24の練習曲集」に入り、一曲目と二曲目は無事に一度で合格し、まあまあ好調なスタートだったが、三曲目で躓いてしまった。
音符を追っていくとかなり違和感を感じる曲で、練習していても胸のあたりがザワザワと不快で落ち着かない。
馴染みのないメロディで、ちっとも譜面が読めない。シャープとダブルシャープとナチュラル記号がひんぱんに出てきて譜面をうまく読むことができない。
前回の不合格はまあ当然、今回の不合格も仕方なかったかな・・。
先生の前で演奏すると緊張して自分が思っていることの6割くらいしかできない。まあ、それが実力ということだろう。
馴染みのないメロディにも少し慣れてきて、胸もザワザワしないようになって来たが、ミス無しに吹き通すことがなかなかできない。ミスしやすいところは集中的にさらっているが、そうすると今度はまったく問題のなかった所を間違えてしまう。これがひっきりなしに起こる。ミスなしで演奏できたのは10回ほど。
これで合格できるわけがない。
先生の前で曲を見てもらうのは10分。
一度目、つっかえてあたふたし、二度目、「もっとゆっくり吹いてごらん」と言われ、「ダメ。どんどん速くなってしまう。特に難しい箇所にくると速くなる。難しいところはよりていねいにやるのが普通だ。」と言われてしまった。
自分でも速くなってしまうのがわかるのだが、難しいところは一気に駆け抜けたくなる。馬だって川を渡るときには急いで走る。それと同じ・・。
難しいところを勢いでやっつけようとするのは、「素人の浅知恵」ということになるらしい。自信がないゆえですね・・。
来週はレッスンがないので再来週までこの曲とつき合うことになり、結局一ヶ月がかりの曲になってしまった。このペースだと一年でいくらも進みそうにないな〜。
<覚え書き>
2番で、フレーズの頭の音にpの記号が付いている箇所がいくつかある。一生懸命弱く吹いていたら、「フレーズの一番高い音をそんな風に吹いていてはダメ、しっかり音を出しなさい」と言われ、
p記号がついているんですが・・と尋ねると、
「pは弱くする、という意味ではない。『静かに』とか『平坦に』だ。その表し方の一つとして弱く吹く場合もある、ということだ。」とのこと。
「pを『弱く』fを『強く』と小学校で教えられたと思うが、それが日本の音楽教育の間違い」だそうです。
「アンダーソン24の練習曲集」に入り、一曲目と二曲目は無事に一度で合格し、まあまあ好調なスタートだったが、三曲目で躓いてしまった。
音符を追っていくとかなり違和感を感じる曲で、練習していても胸のあたりがザワザワと不快で落ち着かない。
馴染みのないメロディで、ちっとも譜面が読めない。シャープとダブルシャープとナチュラル記号がひんぱんに出てきて譜面をうまく読むことができない。
前回の不合格はまあ当然、今回の不合格も仕方なかったかな・・。
先生の前で演奏すると緊張して自分が思っていることの6割くらいしかできない。まあ、それが実力ということだろう。
馴染みのないメロディにも少し慣れてきて、胸もザワザワしないようになって来たが、ミス無しに吹き通すことがなかなかできない。ミスしやすいところは集中的にさらっているが、そうすると今度はまったく問題のなかった所を間違えてしまう。これがひっきりなしに起こる。ミスなしで演奏できたのは10回ほど。
これで合格できるわけがない。
先生の前で曲を見てもらうのは10分。
一度目、つっかえてあたふたし、二度目、「もっとゆっくり吹いてごらん」と言われ、「ダメ。どんどん速くなってしまう。特に難しい箇所にくると速くなる。難しいところはよりていねいにやるのが普通だ。」と言われてしまった。
自分でも速くなってしまうのがわかるのだが、難しいところは一気に駆け抜けたくなる。馬だって川を渡るときには急いで走る。それと同じ・・。
難しいところを勢いでやっつけようとするのは、「素人の浅知恵」ということになるらしい。自信がないゆえですね・・。
来週はレッスンがないので再来週までこの曲とつき合うことになり、結局一ヶ月がかりの曲になってしまった。このペースだと一年でいくらも進みそうにないな〜。
<覚え書き>
2番で、フレーズの頭の音にpの記号が付いている箇所がいくつかある。一生懸命弱く吹いていたら、「フレーズの一番高い音をそんな風に吹いていてはダメ、しっかり音を出しなさい」と言われ、
p記号がついているんですが・・と尋ねると、
「pは弱くする、という意味ではない。『静かに』とか『平坦に』だ。その表し方の一つとして弱く吹く場合もある、ということだ。」とのこと。
「pを『弱く』fを『強く』と小学校で教えられたと思うが、それが日本の音楽教育の間違い」だそうです。
前傾姿勢が直らない [乗馬]
カカロット19日、関東地方の天気は穏やかだったけれど、めざす乗馬クラブ(月に1,2回通っている)はかなり遠い。
そこまでのバス、電車の中で、<なんでこんなにはるばる時間とお金をかけ、わざわざ怖い思いをしに行かなくちゃならないんだろ?>
とか、
<きっぱりとどこかで乗馬を止める気持ちにならないかな・・>などと、心の中でずっと愚痴を言い続けている私。
正月にひいた風邪のせいでまだ体力が落ちているのか今ひとつ気力が出ない。
最寄りの駅に到着し、送迎車を待っていたら、後から来た女の人が、足首のストレッチなどしている。もしかしてこの人も乗馬クラブかな、と思っていたら、やはりそうだった。
今日は広い馬場を4人で部班レッスン。指導員は私にとって初めての人だった。にこにこしてやさしそうな女の人。
馬はカカロット。左手前の駈歩がでない馬だ。何回か乗ったことがある馬だけれど、今日は体調もぱっとせず最初から気力もなかったせいか、乗っていても身体がなかなかしっくりしない。
私の前傾姿勢。これは自分で鏡を見るとすごく良くわかる。どの指導員からも同じ注意を受ける。私も気をつけているつもり(?)だし、家でも時々鏡を横目で見ながら身体を伸ばしたりして研究(?)もする。・・・けれど、絶対に、直らないのである。
死ぬまで直らないだろう。
まだ若くて時間がたっぷりあればいくらでも改善できるだろうけれど、もうあまり時間がない場合はどうする?
すっかり固まってしまった身体の芯を直すというのは不可能そうだ。
いつも同じ注意を受けるというのはかなりつらい。言われる前からわかっている言葉。「もっとお腹を前に出すように意識して、胸を開いて、頭は肩の真上、視線は前方、腰を引かない」
これが・・・こんなやさしい日本語で現される姿勢が、馬上ではできない。
たまにできることもあり、「あ、今いい感じですよ」と言われる。
でも続かない。
この日のカカロットは、最初にきちんとムチも入れて合図したせいで、元気よく速歩。真面目に走ってるな〜という感じ。
ある乗馬のHPで、なめらかな軽速歩をするためには立ち乗りをすると良い、とあり、それを試してみた。鐙に立ったまま乗るのは、私にはかなり楽な姿勢で気持ちがいい。
指導員が見ていて、「今のツーポイントはいいですよ。でも、軽速歩で立つときは同じ角度ではなく、身体をもっと後ろに(真っ直ぐに)するようにして下さい。」
ハイ、その簡単なこと、ができないんです、私。
軽速歩ですでに身体を前に倒し気味であるから、駈歩は言わずもがな。腰を張るということがまったくできない。
軽い前掲姿勢の軽速歩は馬の背中には負担が少なく、馬は走りやすいのだそうだ。ただし前に持っていかれやすい・・ということだろうか?
いい加減軽速歩をやって次は駈歩。右手前しか出ないカカロットに合わせて全頭右回りの駈歩をした。カカロットもよく走る。スピードもちゃんと出ている。でも体調のよくない私は身体がついていけない感じがあって少し怖い。
そう言えば前回、隅角でふくらみすぎてしまうカカロットだった。中央線を越えた辺りで早めに右に曲がれの合図をしたら、スムーズに行った。
でも本当に疲れてしまい、一鞍で止めようかと思った。
ここは30分が一鞍。30分と言っても運動量が多いからこれで十分という気がするけれど、せっかく遠くまで来たのだからと、30分の休憩を入れて二鞍乗るようにしている。
二鞍めは人も馬も身体がほぐれていて、乗りやすいという利点もある。
軽速歩をしていて、たまにしっくりくることがある。そういうときは馬がハミをしっかり受けているときらしい。
「今、馬がハミを受けていたのに、前傾して手綱を伸ばしてしまってはだめですよ。せっかくハミを受けていたのにもったいないですよ〜。」と言われた。
「ハミを受けているのか、ただ手綱を引っ張られているのか、よくわからないんです。」と私。
手綱の張りがどんなものなのか、本当によくわからない。
手綱にある重さがかかりビュ〜ンビュ〜ンと馬がスムーズに前に進んでいるとき、「そうです」と言われることもあり、それは、私の判断ではこのままいったら、馬が走りすぎてしまうのではないか、と不安になる感じのときだ。
何やらわからずに乗っているからますます疲れ、「ちょっと休憩」と言って真ん中に入って停止していたら、カカロットがベロ〜んと長い舌を出している。
「どうして舌を出しているんですか?」と聞いたら、答えは、「ヤッテラレネ〜ヨ、という意味でしょう。」
えっ、そうなのカカロット!こりゃのんびり休んでいてはよくないなあ〜と、また馬を歩かせながら時計を見たら、あと5分、もうすぐ終わりだ、と思ったら少し元気が出てまた駈歩した。2回とも長く感じた30分だった。
カカロットは今日は終わりだというのでブラッシングした。背中に湿疹がある。マッサージもした。おとなしくされるがままのカカロットだった。
初めてカカロットに乗ったとき、超ゆっくり駈歩をして見せて驚かされた。他にもニューヨーカーというスロー駈歩の名人(馬)がいる。
よくそんなにゆっくり走れるな〜と感心するほどで、これならどんな初心者でも広い馬場を安心して走ることができるだろう、と思う。
でも「速くしなさいよ」と馬に言えば、ぱっと早変わり。
実によく調教されてる馬たちです。
風邪ひきの正月 [diary]

長野の山中も年末から本格的に雪が降り、毎朝ベランダの手すりに数センチ〜10センチ雪が積もっています。毎日雪かきをしていますがそのままにしてある場所はすでに50センチ位になっています。
正月早々、年末にひいた風邪をぶり返してしまい、さらに運の悪いことに、車のバッテリーが上がってしまい、灯油も底をつきそう、と、最悪の事態になりました。
幸い、一週間分くらい蓄えがありました。
それから、年末につくったあずきが鍋いっぱい、甘酒もたっぷり、ポテトサラダも3日分くらい作ってあったし、何よりも、正月というのはお雑煮を食べていればいいので気楽なものです。
残念なことにふらふらしながら作ったお雑煮は、風邪をひいていては何の風味もなく、やはり風邪にはお粥だな〜と思った次第。
あずきと甘酒は熱があってもほんの少しならまあまあ美味しく食べられました。
それにしてもあずきは大鍋にいっぱいも作ってしまった・・。
なんせこの年になるまで小豆をたいたことがなかったので、親戚からもらった小豆の袋を全部一度に煮てしまいました。
子供の頃は、お汁粉は大嫌い、人が食べているのも気持ち悪いくらいで、小豆というものに縁がなく、アンパン、大福、あんみつ、羊羹・・・これらはもう敵のようなものでした。
不思議なことに20才を過ぎてから少しずつあんこが食べられるようになりました。でもお汁粉を美味しいと思うようになったのはかなり最近です。
最近はネットを見れば料理法が出ているのでとても便利。小豆もなんなく炊けました。
唯一の失敗は小豆の量、私にはどういうわけか料理で出てくる何グラムという部分をいい加減にとばし読みする傾向があり(目分量が好きなのです)、豆があれほど膨れるとは思っていなくて、中くらいの鍋にあふれた豆を見て大急ぎで大鍋に移しました。
そう言えば、実家の台所には大鍋がたくさんあって、なんで大鍋がこんなにたくさんあるんだ、と思ったものですが、昔は大勢で食卓を囲み、料理もわんさか作るためには、大鍋がたくさん必要だったのでしょう。
もう一つ大変だったのはアク取り、アクはひっきりなしに浮かんで来るので、風邪気味だというのに台所の鍋から30分も離れられませんでした。その後は砂糖を分けて入れるため、入れては10分待ち、入れては10分待ち、を何度も繰り返し、結局2時間近く小豆鍋の側を離れられませんでした。
まあ、その甲斐あって美味しい小豆が炊きあがりましたが・・。
風邪を引いていても入り口付近とベランダの雪は毎日少しは片付けないと大変なことになるので、昼間のあたたかい時に少しだけ雪かきをしました。
この雪かきというのはものすごく汗をかきます。5分間で汗びっしょりになり、つまり相当エネルギーを消耗している、ということで、風邪には良くありません。
家の外に出るときに寒くないように重ね着をするのがあだになり、ほんのちょっと雪かきして家に入ると、汗と雪で着ている物がずぶ濡れです。
そのまま脱いだ物をストーヴの側に干さなければならず、コート、上着、マフラー、手袋、帽子、果てはブーツまで・・そういう物が雑然として家の中はぐちゃぐちゃです。
乾燥室があるといいなと思いますが、そうなればまた燃料を使うことになり、エネルギーを無駄遣いしぎることになる。
家がグチャグチャでも良しとしなければ・・。(TVや映画に出てくる家はいつも整然として不思議だけど、部屋数が違うんだな、きっと・・)
それにしても風邪ひきの3日間は、運動はおろか、本も読めず、好きな音楽も聴く気になれず・・・すごく時間をロスした感じでした。
今年もよろしくお願いします [乗馬]
往年の名馬3頭勢揃い昨年一番お世話になったお馬さんたちです。
左からスノーフレーク、リバティ、プリン。スノーは今年30歳、リバティが29歳、プリンが25歳(?)になります。飯綱乗馬クラブの最長老たち。
雪の上でゴロゴロするのはみんな大好き
スノーとリバティはとても仲良し
「ぼくの顔なんか変じゃない?」プリン
リバティと私昨年も馬にはずいぶん癒されました。「牛馬のごとく働く」という例えがあるように、牛や馬や豚や鶏などの家畜動物は「種」そのものが人に隷属しています。こういう絶対的隷属状態というものを想像することは難しいです。家畜にもうれしい、悲しい、つらい、不安、という感情があり、そういう感情を持った生き物が人に「隷属」するというのは何と不条理なことか。
それでも乗用馬は幸せです。身体をブラッシングしてもらったり、ニンジン、リンゴなどおやつをもらえたりするし、年をとっても大事にされています。上手な人が乗っているとき馬がとても楽しそうに見えます。
馬は、放牧しても、一瞬は走り回るけれどその後はボーッと立ったまま、ということも多いし、人を乗せて頭を働かせて走るというのは馬にとっても楽しいことかもしれないですね。
今年も馬と楽しく過ごせる時間がたくさんあるといいです。
2011年、フルートレッスン納め〜ケーラー2巻終了 [音楽]
12月16日が今年のレッスンの終了日でした。
この日は朝から身体的作業をやって、いろんなことで時間がなくなり、バス停まで走りに走ってかろうじて間に合ったもののどっと疲れが出て、といういつもの悪いパターン・・。
おまけに重い物を持ったりねじを回したりしたため、指が硬直してしまっていて、電車の中で指をマッサージしたり、ストレッチしたりして、けっこうなストレスを感じながらぎりぎり10分前にスタジオに到着しました。
ケーラー2巻の最後の曲、12番は指使いはそれほど難しくないし、前回「大体はいい」と言われていたので多少はリラックスして30分間の個人練習。
さて、先生の前で一音吹いたとたん、ちょっと楽器を見せてごらん、と先生が私の楽器を試し吹きし「これはダメだ。コルクが乾燥してしまっている」と。
「コルクが乾燥するとどういうことがおきますか?」と初歩的な質問。
「音に芯がなくなる」のだそうです。そう言えばこの一週間、音がボワ〜ッとした響きで調子悪いな、とは思っていたのですが。
湿気が多くても乾燥していてもフルートには良くない。そのくらい自分で気がつくようにならないとね・・。
ソノリテでは力みすぎないように注意し、残りの10分で12番の仕上げ。
これは本番だと思って集中し自分の音を聴きながらていねいに吹いていく。前回もつれた難しい指使いのところもさらりと無事に通りぬけた(良かった〜)、前半ミスなし、2ページ目はさらに気持ちを静め集中し、最後まで吹き終えました。
パチ、パチ、パチ、と先生から拍手。「うまいね。ミスが全然なかった。それだけ吹ければ問題ない」とお褒めの言葉をもらいました。
ミスがない、ってものすごく当たり前のことだけれど、これは本当に難しい。そこがプロとの違い?
練習のときはミスしないでやれたんだけど・・と思うこともしばしば。(練習のときできたなんてのは何の意味もないことです)
日本フルート界の草分けである吉田雅夫先生(この方が小泉先生の師です)の教本にも「譜読みは絶対にまちがえてはいけません」と書いてあるくらい。
吉田雅夫教本から抜粋
<演奏における一般的注意>
(1)音符の読み違いは絶対に許されません。
たとえば、臨時記号を落として吹いたり、調子をま違えることは演奏家にとって恥と心得るべきことです。
(2)休符を正確に休むことを守ってください。
休符は楽曲を構成する主要な要素ですからいい加減に休んではいけません。
(3)速度記号を厳守してください。
速度を変えることはその曲の性格まで変えてしまいます。ただし、練習の際には、早いテンポの曲は、初めゆっくり練習し、だんだん指定のテンポに近づけて行くことは当然です。いいかげんなテンポで練習することは有害です。
(4)発想記号(表情記号、強弱記号など)をよく注意して、忠実に守ってください。
・・・・・
と続いています。
よく考えたら(考えるまでもないけれど)これって、私がいつも小泉先生から注意されていることです。小泉先生は吉田雅夫大先生の弟子であるので、当然です。
それにしても、演奏における注意の一番目に、「音符の読み違いは絶対に許されません」とあるのにはまいります。普通は、こういう当たり前のこと、「計算はまちがえてはいけない」「漢字はまちがえてはいけない」などとことさら言わないものです。
楽譜を正確に読み、正確に演奏することを、細心の注意を払ってちゃんとやれ、ということでしょう。絶対的な命令です。
2011年のレッスン最終日、ケーラー2巻のちょうど最後の曲がうまくいって、これで気を良くして新年を迎えられそうです。
休み中は次の課題「アンダーソンの21の小品集」をさらうよう言われました。楽譜を買ってみて、またごちゃごちゃした譜面を見てガッカリ。
「なんだかごちゃごちゃした曲ばかりですね」と言うと「そんなことはない、きれいな曲が多いよ」とのことでした。
ひたすら練習あるのみ。どんな素人だってそれなりに、練習すればするだけ、結果はついてくるものだ、ということが最近少しわかってきました。
(コルクはその日の帰りに先生がダグに電話してすぐに直してもらい、ぱっと響きが変わりました。12月中にすべてすっきり終わり、疲れたけれど満足の日でした。)
この日は朝から身体的作業をやって、いろんなことで時間がなくなり、バス停まで走りに走ってかろうじて間に合ったもののどっと疲れが出て、といういつもの悪いパターン・・。
おまけに重い物を持ったりねじを回したりしたため、指が硬直してしまっていて、電車の中で指をマッサージしたり、ストレッチしたりして、けっこうなストレスを感じながらぎりぎり10分前にスタジオに到着しました。
ケーラー2巻の最後の曲、12番は指使いはそれほど難しくないし、前回「大体はいい」と言われていたので多少はリラックスして30分間の個人練習。
さて、先生の前で一音吹いたとたん、ちょっと楽器を見せてごらん、と先生が私の楽器を試し吹きし「これはダメだ。コルクが乾燥してしまっている」と。
「コルクが乾燥するとどういうことがおきますか?」と初歩的な質問。
「音に芯がなくなる」のだそうです。そう言えばこの一週間、音がボワ〜ッとした響きで調子悪いな、とは思っていたのですが。
湿気が多くても乾燥していてもフルートには良くない。そのくらい自分で気がつくようにならないとね・・。
ソノリテでは力みすぎないように注意し、残りの10分で12番の仕上げ。
これは本番だと思って集中し自分の音を聴きながらていねいに吹いていく。前回もつれた難しい指使いのところもさらりと無事に通りぬけた(良かった〜)、前半ミスなし、2ページ目はさらに気持ちを静め集中し、最後まで吹き終えました。
パチ、パチ、パチ、と先生から拍手。「うまいね。ミスが全然なかった。それだけ吹ければ問題ない」とお褒めの言葉をもらいました。
ミスがない、ってものすごく当たり前のことだけれど、これは本当に難しい。そこがプロとの違い?
練習のときはミスしないでやれたんだけど・・と思うこともしばしば。(練習のときできたなんてのは何の意味もないことです)
日本フルート界の草分けである吉田雅夫先生(この方が小泉先生の師です)の教本にも「譜読みは絶対にまちがえてはいけません」と書いてあるくらい。
吉田雅夫教本から抜粋
<演奏における一般的注意>
(1)音符の読み違いは絶対に許されません。
たとえば、臨時記号を落として吹いたり、調子をま違えることは演奏家にとって恥と心得るべきことです。
(2)休符を正確に休むことを守ってください。
休符は楽曲を構成する主要な要素ですからいい加減に休んではいけません。
(3)速度記号を厳守してください。
速度を変えることはその曲の性格まで変えてしまいます。ただし、練習の際には、早いテンポの曲は、初めゆっくり練習し、だんだん指定のテンポに近づけて行くことは当然です。いいかげんなテンポで練習することは有害です。
(4)発想記号(表情記号、強弱記号など)をよく注意して、忠実に守ってください。
・・・・・
と続いています。
よく考えたら(考えるまでもないけれど)これって、私がいつも小泉先生から注意されていることです。小泉先生は吉田雅夫大先生の弟子であるので、当然です。
それにしても、演奏における注意の一番目に、「音符の読み違いは絶対に許されません」とあるのにはまいります。普通は、こういう当たり前のこと、「計算はまちがえてはいけない」「漢字はまちがえてはいけない」などとことさら言わないものです。
楽譜を正確に読み、正確に演奏することを、細心の注意を払ってちゃんとやれ、ということでしょう。絶対的な命令です。
2011年のレッスン最終日、ケーラー2巻のちょうど最後の曲がうまくいって、これで気を良くして新年を迎えられそうです。
休み中は次の課題「アンダーソンの21の小品集」をさらうよう言われました。楽譜を買ってみて、またごちゃごちゃした譜面を見てガッカリ。
「なんだかごちゃごちゃした曲ばかりですね」と言うと「そんなことはない、きれいな曲が多いよ」とのことでした。
ひたすら練習あるのみ。どんな素人だってそれなりに、練習すればするだけ、結果はついてくるものだ、ということが最近少しわかってきました。
(コルクはその日の帰りに先生がダグに電話してすぐに直してもらい、ぱっと響きが変わりました。12月中にすべてすっきり終わり、疲れたけれど満足の日でした。)
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