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スノーフレークと過ごした夏 [乗馬]

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スノーフレークが本当に名馬であり大先生であることを改めて思った。

1982年アルゼンチン生まれ、スノーフレークは若き頃は大障害を跳び、29歳の今もまだ練習馬として元気に活躍している。
穏やかで落ち着いていて何事にも寛大なスノーには、子供やビギナーがひき馬をしてもらった後、すぐに一人で乗ることができる。(年を取った馬がみな物に動ぜず、寛大になるというわけではない。)

最近、『乗馬教本/ミューゼラー著』(恒星社)を買ったら、あまりに面白くて夏の間ずっと繰り返し読んでいた。ミューゼラーはドイツ人、日本語訳は南大路謙一。原書は1933年刊行され、南大路謙一による日本語訳版が一般の人々向けに出たのは1983年という古い本である。
乗馬は相変わらずの初心者の私が言うのもなんだけれど、『ミューゼラー乗馬教本』は、どの乗馬教本とも違っていた。
大抵の乗馬教本は、ドライヴテクニックを書いた「自動車教本」のようなもので、技術を知る参考にはなるが、本としては面白くも何ともないものが多い。「こうです、ああです」「こうしなさい、ああしなさい」が羅列されているだけ。
「ミューゼラー乗馬教本』は、まったく違っていた。とにかく格調高い。
一つの事を言うに、あらゆる角度から考察されているため、自然に「乗馬をする上で何が大切か」が頭の中に染みわたってくる。
翻訳も素晴らしい。古めかしく、ゴツゴツした言い回しが哲学書のようで面白い。(漢字がむずかし・・)
文学書であり芸術書でもある、と思った。

たとえば、「あたかも二本の棒を以てする如く手綱を以て馬の口を押してやって頸を伸ばさす」という表現がある。この記述には、初心者の私でも、思わず、<う〜ん、そうだったか・・!>と、目が開かれるような気がする。
もちろん、できるわけはないとわかっている。

それでもスノーに乗って試してみた。常歩で手綱を張り、腰、脚を意識して、二本の棒を押しているんだというイメージで、手綱を馬の口に向かって前に出してみる。手綱はゆるんでしまう。
気にせず<これは棒だ>と思うようにしてまた前に出す。

イメージのようなわけにはいかないが、スノーは「アレッ?」という反応。耳を立て私に集中している。私が何かいつもと違うことをやろうとしていることは感じてくれているみたい。
そして、少〜し、馬の首が前に伸びたような気がする・・(?)
こういう反応をしてくれることが、スノーのすごい所だ。
乗り手が雑に手綱を引っ張り回してもスノーは文句は言わないが、デリケートな合図をしても素早く反応する。
<騎乗者の私に気を使ってくれているな〜>と思わず、頭を下げたくなる。常々、スノーフレークは大先生だと聞かされていたが、最近はK指導員いわく「スノーは大先生を通り越してしまったな〜。超越してしまったな〜。」
私もそう思います。

とにかく『ミューゼラー乗馬教本』のおかげで、すごく楽しくスノーに乗れた。自己流でやっているから、あまりしつこくはやらない。スノーが我慢してつき合ってくれているとしたら、申し訳ないし。

一通り運動をした後のスノーの常歩は、前半とは全く変わってしまう。
ポンポン脚が前に出て、頸、背中がはずむように揺れる。「始めの常歩と全然違いますね」とインストラクターのSさんに言うと「それは、馬がほぐれたからでしょう。」

馬がほぐれるのと同時に、私もまたほぐれているのです。
本当は騎乗前に十分に柔軟体操をして万全の体調で乗れればいいのだけれど、朝が苦手なため、身体がまだ眠っている状態でいつも乗っている。
スノーから下りるときに一番いい体調になっているのは何とも矛盾している。あと一時間早起きして軽く運動してから乗ればいいんだけど・・。

スノーフレークのイメージがあまりに強大だったので、乗れない今はスノーの絵を描いています。(東山魁夷の絵みたいになっちゃうな〜。)

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石松久幸

私にとってもう何十年も前の高校時代に愛読した「乗馬教本」は、それから現在までの乗馬生活、馬とのお付き合いに多大な影響を与えてくれました。良い本に巡り会われてよかったですね。
by 石松久幸 (2016-12-06 02:20) 

sachat06

コメントをありがとうございます。
高校時代に「乗馬教本」を愛読されたとはすごいことですね。良い本というのはしばらく遠ざかっていても、何かの拍子にふっと思い出して心を温めてくれるようです。
by sachat06 (2016-12-31 23:06) 

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