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ジャン・フェランディス フルートリサイタル [音楽]

2015年4月6日(月) 7時〜  東京銀座 王子ホールにて
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ジャン・フェランディス(Fl) 蒲生祥子(Pf)

<PROGRAMME>

G・ユー   ファンタジー

J・Sバッハ   トリオソナタ ニ短調 BWV 527

F・シューベルト  「しぼめる花」による序奏と変奏

 ー  Pause  ー

J・ブラームス   (クラリネット)ソナタ ヘ短調

F・プーランク   フルートとピアノのためのソナタ


銀座の雑踏から王子ホールに一歩足を踏み入れると、独特の雰囲気。
フルート界の大御所の顔があちこちに見える。ここに集まっているのは多分ほとんどがフルート吹きなのだろう。

初めて聞くフルートの音色だと思った。
まずファンタジーで、フェランディスのフルートテクニックに身体が固まってしまうほど驚嘆した。音色はかなり硬質な感じ。
2番のバッハになると今度は音色が柔らかく深く変わり、この人はどういう音でも自由に出せるのだと思った。
3番の「しぼめる花」は圧巻で、これまでの私のフルート観が変わってしまった。
「しぼめる花」は、私がフルートにどんどんのめりこんでいくきっかけになった一曲で、なんとか吹けるようになりたいと思い、何ヶ月も練習していたことがあり(もちろんの事ながら、まったく吹けるようにはならなっかったが)、譜面は頭に残っている。ところが、ジャン・フェランディスの「萎める花」は私がこれまで知っているつもりだった曲とは全く別の曲のように聞こえた。その音楽は圧倒的で、「なんでこの曲を練習してみよう」など思ったのか・・途方もないことだったと感じた。
二部になると、いよいよフルートの音色は冴えわたり、ブラームスのソナタヘ短調は非常に優雅で甘美なものだった。
そして、最後のプーランクはすごかった。王子ホールが狭く感じた。
プーランクのソナタはこれまでに、多くのフルートの巨匠達の演奏を聞いている。ジェームズ・ゴールウエイ、ウェルナー・トリップ、エマニュエル・パユ、そしてマクサンス・ラリュー・・。
どの演奏も印象深かった。中でも、ゴールウエイのプーランクはサントリーホールが一つの楽器のように鳴り響いたことが鮮明な体験として残っている。

テクニックというものが最高峰に達してしまった後は、演奏者の曲の捉え方だとか表現方法のちがい、あるいは、それぞれの楽器が持つ微妙な響きとか味わいが、演奏に個性をもたらすのだろう。さらにはホールの違いも大きく関わってくると思う。
同じ状況で同じ曲を聞くというチャンスはほとんどないため、その時々の演奏を自分の耳で聞いて感じとり、脳に記憶して反芻することしかできない。
ジャン・フェランディスのリサイタルはフルートの世界をまた大きく広げてくれた、と感じさせるものだった。


主催のパウエル・フルート・ジャパンのページに、「今回のリサイタルでは、パウエル総銀製.018インチ管厚のいわゆる厚管の楽器を使用しました。日本では珍しい厚管のシルバーサウンドをぜひお楽しみください。」とあった。
今まで聞いたことない硬質な響きと思ったのは、厚管の楽器の特性だったのかもしれない。

蒲生祥子さんのピアノは、一音一音が輝きをはなっていて、ジャン・フェランディスの演奏と見事に調和し、素晴らしかった。


ジャン・フェランディス略歴

パリ・エコール・ノルマル音楽院教授 カリフォルニア州立不ラトン大学教授
ヨーロッパ、北米、亜細亜で活躍
国立リヨン高等音楽院にてマクサンス・ラリューに師事し。「プラハの春」国際フルートコンクールで優勝。他にも数々の国際コンクールで上位入賞した。
モーツアルトのフルート協奏曲314を演奏した際、アダージョを聞いたバーンスタイン氏が「彼はまさにパン(牧神)である」と称賛。その後、バーンスタイン氏がジャン・フェランディスのためにカデンツァを作曲したという。
教育活動にも力を入れており、各国にてマスターコースを開いている。



* 久しぶりの銀座、暖かな春陽気で、気持ちのいい夕べでした。もっとのんびりできるとさらに良かったのですが。。いつもながらコンサート前後は慌ただしく、特にコンサート後、9時に終わってそれから食事をしたりお茶を飲んだりする、という体力、時間はないので、トンボ帰りになってしまうのが残念。

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アンサンブル・ノマド第52回定期演奏会〜再生へVoL.3《祈り》エストニアから震災復興を祈るコンサート [音楽]

<コンサート覚え書き>

2015年3月15日(日)16時〜  東京オペラシティリサイタルホール
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<プログラム>
1,アルヴォ・ペルト(1935〜):鏡のなかの鏡(1978)
   佐藤洋嗣(Cb)稲垣 聡(Pf)
2. マレ・マルティス(1977〜):ウネキリ(2014)〜日本初演
   クリスティ・ミューリング(kannel)
3.アルヴォ・ペルト(1935〜):モーツアルトのアダージョ(1992/2005 )
野口千代光(V) 寺井 創(Vc) 稲垣 聡(Pf)

4. イムレ・ソアール(1969〜):シンキングボウルの唄(2014)〜世界初演

    木の脇道元(Fl)伊藤めぐみ(Cl) ヴィル・ヴェスキ(S.Sax)
    野口千代光 花田和加子 相川麻里子 川口静華(V)
    甲斐史子  齊藤 彩(Vla) 寺井 創 (Vc) 佐藤洋嗣(Cb)
    クリスティ・ミューリング(Kannel) 稲垣 聡(Pf)
    宮本典子(Perc・Syn)タモ・スメラ(Electronics)
    佐藤紀雄(Cond)

ー  休憩  ー

5.ヴィル・ヴェスキ(1964〜)/アンドレ・マーカ編曲:到達(1999/2005 ) 〜日本初演

   木の脇道元(Fl) 伊藤めぐみ(Cl) ヴィル・ヴェスキ(T.Sax)
   野口千代光 花田和加子 相川麻里子 川口静華(V)
   甲斐史子  齊藤 彩(Vla) 寺井 創 (Vc) 佐藤洋嗣(Cb)
   稲垣 聡(Pf)宮本典子(Perc・Syn)  佐藤紀雄(Cond)

6.イムレ・ソアール(1969〜):希望の唄11032011(2011)〜日本初演

   木の脇道元(Fl)伊藤めぐみ(Cl) ヴィル・ヴェスキ(S.Sax)
    野口千代光 花田和加子 相川麻里子 川口静華(V)
    甲斐史子  齊藤 彩(Vla) 寺井 創 (Vc) 佐藤洋嗣(Cb)
    クリスティ・ミューリング(Kannel) 稲垣 聡(Syn)
    宮本典子(Perc・Syn)タモ・スメラ(Electronics)
女性アンサンブルレガーロ東京(Choir)
    中央区・プリエールジュニアコーラス(Choir)
    佐藤紀雄(Cond)

7.奄美島唄「よいすら節」(編曲:高橋 全)
    朝崎郁恵(vocal ) 高橋 全(Pf)  菊地秀夫(Cl)

本日のプログラムは一編の格調高い『詩』のようだった。

1番 ピアノとコントラバスのデュオ。ピアノは目の前で弾いているのにどこか遠くから夢の中で聞こえてくるような音色で、コントラバスの深い響きと一緒に、聴き手を優しく包むような演奏だった。
こういうコンサートの始まりは好きだ。日常から離れ、音楽の世界に入るために、こういう静かな始まりは有難い。

2番 カンネルの演奏。カンネルという楽器は初めて聴いたが、雪の結晶が音をたてているような、あるいはが花びらが舞うような、ひそやかできらめく音。
演奏者のクリスティ・ミューリングさんは、非常に背が高くプラチナブロンドの長い髪をたらし、まるで童話に出てくる女王さまのような雰囲気の方だった。クリスティさんがカンネルを演奏していると、まるで不思議の世界の飛びこんだよう。

3番 ここでヴァイオリン、チェロ、ピアノの三重奏。
前の2曲が、とてもひそやかだったので、音が一気に厚みを増したのがきわだった。楽器が3つになると表現の幅はものすごく広がるものだとよくわかった。
なんと言ってもモーツアルトのアダージョがモチーフなので、とてもいい曲だった。

4番 チベットの若き僧タシ・デレクの夢を語った作品。タシの唱える誦経が流れ、そこにヴァイオリンやサックスやフルートなど西洋の音楽が不思議に絡み合って一体化し、静かに心を包んでくれるような音楽だった。
チベットのタシの唱える誦経は独特のメロディで、日本で聞く読経よりも私にはしっくりきた。

5番 サキソフォーン奏者、作曲家、プロデューサーであるヴィル・ヴェスキにより、テレビで放送された「90日間世界一周」のサウンドトラックとして1999年に作曲された。ヴィル・ヴェスキのサックスの音はすばらしかった。これがジャズだな〜!と思った。アンサンブル・ノマドのための編曲はエストニアのギタリスト、アンドレ・マーカによるものだという。明るさと重々しさ、心が豊かに広がっていく安定感があった。

6番 津波の犠牲者となった東北の人々に捧げる追悼作品。
エストニアと日本の民謡(ミイナ・ランボットが歌うクサールの民謡、朝崎郁恵が歌う沖縄民謡)が使われている。<素晴らしい日本の人々に癒しと救済、そして希望を届けるために、この二つの歌が大西洋を越えて出会った。紅き太陽が大地を照らすように、人々の心が永久に強く明るく輝くことを祈ってやまない(イムレ・ソアール)>(プログラムノートより)
しみじみと聴いた。

7番 奄美島唄「よいすら節」(編曲 : 高橋 全 )
テレビでもよ流れる朝崎郁恵さんの歌と本日の総メンバーによる演奏。
高橋 全さんがピアノを弾いた。
人の声(歌)が持つ力に圧倒された。歌というのは、直接的に、聴く者を癒す力をもっている。


「エストニアから震災復興を祈るコンサート」は感動的で、悲しみに満ちてはいるが、確かに小さな希望も感じられる、というコンサートだった。

このコンサート日の午前中、偶然にも、三留理男のドキュメンタリー写真集『被爆の牧場』〜3.11 FUKUSHIMA〜の細川牧場の細川さんにお会いした。いろいろ伺いたいことはあったが言葉が出てこなかった。


バルト3国の一つであるエストニアって、日本の人にはとても馴染みがうすい国だと思う。
そういう、日本から遠く思われる国の人々が、東北の震災に心を寄せてくれているというのは、闇を照らす小さな光の一つのように思える。

アンサンブル・ノマドの活動は、人間が抱えるさまざまな苦悩や悲しみ、感情を、国境を越えて共有することにつながっている。

次回は、「第53回定期演奏会〜ドイツ語圏Vol.1 : 抒情の系譜」

    2015年5月23日(土)東京オペラシティ リサイタルホールにて


実は10数年ほど前に、エストニアの首都タリンに立ち寄ったことがある。真夏のタリンは青い空に建物の壁がまばゆく光っていた。
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タリンの家並み
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フルートレッスン(26)〜楽器が目覚めた〜 [音楽]

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先日、楽器をオーバーホールした。

11月8日、レッスン時にいつも必ず生徒の楽器の様子をチェックされる先生に「これは直さないとダメかもしれない」と指摘されてしまった。
2,3カ所ですむかと思ったら、どうせなら全部直した方がいいということになった。
今の楽器(ヘインズ19892番)が私の手元に来たのが5年前だったと思うが、記録によるとオーバーホールは10数年ぶりらしい。
楽器修理というのはとても厄介な問題で、代用の楽器では思うような練習ができない。
2,3日は何とか練習するものの、違う楽器では自分が思うような音は出ない。
練習しても楽しくなく、ついには苦痛になってくる。

ちょうどベームの『24の練習曲』7番に入ろうとしていた所で、もう全く練習にならず。
不合格が続き、3週間ほどしてやっと楽器が入院先から戻って来た後ところで、気持ちを入れ替えてベーム7番を練習し直した。
それでもまた不合格で、4回目にしてやっとOKが出た。
一ヶ月半もかかってしまった。

先生に「7番、なんだか難しいですね。」と言うと、「そりゃ難しいよ、もう『上級コースに入っているのだから」と言われてビックリ!
私、上級コースに入ったのか〜?(ずっと初級練習をしているのだと思っていた。)
もっとも、難しいエチュードに挑戦しているからと言って、実力が伴うというわけでもないだろうけど。

ところで、オーバーホールしたヘインズは、素晴らしい変化を遂げた。
もともと非常に繊細な音色がきわだった楽器だったけど、そこにすごいパワーが加わった!
こんなに良い音色が出ていいのだろうか、
私なんかが吹いていてはもったいないような楽器じゃないか、と思うほど。

先生が、修理をお願いした鈴木さんに「西沢君が(小泉先生のご友人で故西澤幸彦先生のこと)楽器を眠らせたままにしていたのだろうか。」と仰ったとか・・。
眠っていた楽器が目覚める、というのはこういうことかと感慨深い。

繊細で優雅でパワーあり、というこの楽器を吹くのはとても楽しく、励みになる。
小泉先生やマクサンス・ラリュー氏の演奏に合わせて吹いても、自分の音がきれいに聞こえてしまう・・(?)

大事に使わないとなりません。







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アリス=紗良・オット ピアノリサイタル [音楽]

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6月12日(木)7: 00 〜 川口市リリア音楽ホール

< Program >

ベートーヴェン;ピアノ・ソナタ第17番二短調 [ テンペスト ]

J.S. バッハ;幻想曲とフーガ イ短調

J.S. バッハ=ブゾーニ;シャコンヌ

〜 休憩 〜

リスト:愛の夢より 第2番・第3番

リスト:パガニーニ大練習曲(全6曲)

(アンコール)

シューマン;第2番 ロマンス嬰ヘ長調

ショパン ;第14番 ワルツ 変ホ短調

久しぶりのピアノコンサート。
忙しくてコンサートに行く回数が最近減って来ており、それもフルートやオーケストラのコンサートが多いので、ピアノリサイタルとなると、何年ぶりかという感じだった。
何の予備知識もなく誘われて行ったコンサートだったが、アリス・紗良・オットのリサイタルは大変素晴らしく印象深いものとなった。

舞台にさっと現れたアリスはシンプルな赤のドレスで、すっとピアノの前に座り、ベートーヴェンを圧倒的な迫力で弾き始めた。ベートーヴェンはやはりすごい作曲家だなーと感動して聴いていたが、次にバッハを弾くと、やはりバッハの曲というのはとんでもなく凄い曲なのだった。

ピアノを弾いているアリスは、まるで「火の精」が踊っているように見えた。
長い腕、のびやかな姿勢(ピアノの鍵盤からの距離がすごく遠い)、音楽を聴きながら一流のバレエダンサーの踊りを見ているような感じがした。アルゲリッチとは違うがアルゲリッチと同じようなオーラを持っている。
左手の力強い響きは独特で、激しさと強さ、高音でのやさしい繊細さ、
ピアノを演奏する上で必要なものをすべて持っている感じ・・。

後半のリストは観客も少しリラックスして聴けて、いいプログラムだった。
コンサートの最後の、「リストのパガニーニ大練習曲の第3番ラ・カンパネラ」は感動の上にさらなる感動を加えた素晴らしさだった。


アリス=紗良・オットは、まだ25歳。
25歳にしてすでにとんでもない輝かしい音楽家としての履歴の持ち主。
これからどういう音楽家になっていくのかを考えるとため息が出てしまう。
「ブラボー」の声と大きな拍手に送られにこやかにさっそうと舞台を去る彼女の足元を見たら、裸足でした。(う〜ん、格好良すぎるんではないの!!)
 


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フルートレッスン(25) 〜 腹式呼吸その2〜 [音楽]

IMG_2369.JPG6月のシクラメンとフルート

そろそろガリボルディのグランドエチュードも終わりそうで最後の15番に取りかかっている。

前々回のレッスンで「腹式呼吸を忘れないように」と注意され、かなり意識するようにしているが、なぜ「胸式呼吸」はだめで「腹式呼吸」なのか・・先生に指摘されてやっとわかってきた感じ。

フルートなどの管楽器は息を使うのだからたっぷり息を吸うために腹式呼吸なんだろうと漠然と思っていたが、言葉で説明されるまでは、なぜ「腹式呼吸」でなければならないのか具体的に何もわかっていなかった。

フルートは歌とまったく同じで、お腹から息をださないと、豊かでたっぷりした音は出ない。
そして「胸式呼吸」の場合は上半身に力がはいるため、指にも力が入って固くなり、なめらかな運指ができない。また、上半身が固いため演奏と同時に身体がぎくしゃく動いて音が不安定になる。

と、言葉にしてみればこれだけのことを、理解するまで4年近くかかってしまった。教本を読んだだけではなかなか納得するところまではいかないものだ。
「今の吹き方は、こうなっているから、これこれの状態となる」ということをその場で言われないとダメ。
これがレッスンを受けるのと自己流で吹くのとの決定的な違い。

楽器屋さんにお勤めしている人が「フルートで曲を吹いてみたりもするけれど、どうもただそれだけで・・」と、それ以上面白みを感じないようだったので、
「Aさん、石の上にも3年、ですよ。3年間じっと練習に耐えてやっと楽しくなるんですよ。」と教えてあげた。
実際、『石の上にも3年』とはよく言ったものだ。

適当に(自己流で)曲が吹けても、どこか不満が残り、すぐに飽きてしまい長続きしない。
不思議なことに、ストレスを受けながらレッスンを続けていると、練習曲以外の曲を演奏したいという気はほとんど起きない。
練習曲の練習の面白さがわかってきて、他の曲をやってみたいなどと思わないのだ。そんな時間もないし・・。

「腹式呼吸」をフレーズの合間に素早く行うというのはかなり難しい。
私は、たくさん息が必要なとき、胸と腹の両方を使って呼吸するくせがあり、それについて先生に尋ねると、「『スーパーブレス』と言ってまれにそういう方法を使うこともあるが、それはダメ、やらないほうがいい。」と言い渡された。
また、頻繁にブレスしないために息を長くもたせる練習もしてみた。
あまりむだな息を使わず、ケチケチと必要な分だけの息を使うと長いフレーズもうまく吹ける。
この方法について質問したら、「それはだめ。息はたっぷり使わないと面白くない音になってしまう。そういう練習はしてはいけない。」と、またはっきり言われしまった。

まず試してみて、それからそのことについて先生に聞いてみる・・こういうことを繰り返していると、まだまだ知らないことが多いことに気付く。

さて、入門者のために書かれた『フルート教則本 / 吉田雅夫 著』を改めて読んだら、「呼吸法」についてはこう書かれている。

<フルートの演奏において、最も大切なのはよい唇の形(アンブシュール)と呼吸の方法です。・・・・
呼吸法は、少し上達すると一番大切な研究課題となってくるでしょうが、簡単に言えば、常に腹式呼吸で演奏するということです。この場合の腹は、側方、あるいは背の方で息を吸い込み、吸い込むときに、腹が前方にだけ出るのはいけないのです。私はこの方法を「側腹呼吸」と言っています。息を出すには、息を出しながら下腹を背中の方にひきつけるようにし、かつ筋骨を外にひろげるような気持ちで下腹に力を入れるのです。実際には、息を出しながら胸がへこまないように保ちます。専門的な言葉では「息の支え」が充分できなければならないのですが、この感じを会得するには、相当な修練を積む必要があります。>

わぁ〜| まだまだ修練が足りません!

小泉浩先生の『朝練 フルート毎日の基礎練習30分』には、腹式呼吸の練習法がわかりやすく書いてあるのだけれど、大体こういう練習はあまりに簡単なのでさっと通り過ぎてしまいやらなくなってしまう。
この間久しぶりに先生の前でやらされた。
結局、最初に習う「基本」が一番大切で一番難しいということになるようです・・。

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フルートレッスン(24) 〜 腹式呼吸 〜 [音楽]

(ガリボルディ グランドエチュード12番、13番)

エチュードを積み上げていくことでどんな曲にもアプローチできるようになると思うが、この積み上げには際限がない。
苦労して一山越えたと思っても、次に進むとまたこれが新たな山である。
エチュードはあらゆる技術を網羅していて、その曲ごとに必ずこちらの弱点を突いてくるような気がする。
エチュードの作者というのはすごい!

12番は苦しい曲で、まるで全速力で走っているような感じだった。
呼吸が苦しくなりなかなか一曲を吹き通せない。今までになかった感覚で、あまりの苦しさに「胸式呼吸」になっていたようだ。つまりアップアップ状態。

一回目のレッスンで、じっと私の様子を見ていた先生に、「胸で呼吸している。こういう曲はそんな風では苦しくて吹けない」「もう一回腹式呼吸をきちんとやり直しなさい」と言われた。

これまでそういうことを言われたことがなかったのに、なぜか12番はそうなっていた。

家で腹式呼吸を心がけて練習してみるとずっとスムーズになった。
難しいと感じたときほど落ち着いてきちんと「腹式呼吸」で練習しないとダメなものだと思った。
12番には、こちらの平常心を失わせるようなものがあった。譜読み、音域、速さ、ブレス・・などなど、練習者を苦しめるものがあった。

2回目のレッスンでやり直しはさせられたもの、なんとかおまけの合格。
(3週間がかり)

13番はそれに比べて簡単そうに思えたけれど、やはりそれなりに難しい所はあって、4月5日のレッスンでは、譜読みの間違いを指摘され、「ヴィブラートが全然かかっていない」と言われてしまった。
ヴィブラートがかかっていないというのは致命的で、やはり指使いばかりにまだ気を取られているためだろう。気を取られなくなってはじめて、自由にその曲が吹ける。つまり『歌える』ようになる。

本当は順番が逆で、指使いなどは後回しで、最初からヴィブラートをかけて練習しないとだめなのだが、「早く合格しよう」という浅知恵が失敗のもと。近道ってないものだ。

ところで、今日4月7日はマクサンス・ラリューのフルートCD発売日。
明日あたり届くのだろうか。どんな風だろうか。
すご〜く楽しみである。


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インバル = 都響 『マーラー / 交響曲第9番ニ長調』 [音楽]

2014年3月15日(土) 東京芸術劇場  2:00〜

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<新・マーラー・ツィクルス最終公演『マーラー / 交響曲第9番ニ長調』>

何年ぶりかにステージで拝見したインバル先生、全くお元気そうでした。
『マーラー交響曲第9番』は、生のオーケストラで聴くのは二回目。
(前回は、チョン・ミュンフン指揮 =東京フィル 2008年)
座席が2回のボックス席(5000円とはなんと安い!)で、演奏者の顔、インバル先生の指揮がとても良く見えました。マーラーの交響曲は管楽器のソロが多く、演奏者を目で追うだけでも忙しく面白いのですが、絶対にはずしてはいけない音を演奏するソロというのは、聴く方も緊張します。
1時間20分の演奏はあっという間でした。

マーラーの9番は『死』がテーマと言われています。

2007年の朝日カルチュアセンターでインバル氏のマーラーについての講義を聞いたことがあります。
そこでのお話、
<マーラーの曲には、すべての世界、すべての人間の感情が込められ、その交響曲は凝縮された宇宙という印象を強く持っています。
1番や4番は自然へと感情が向かい、喜びと愛とその陰に存在する不安を感じる。6番「悲劇的」や2番「復活」に人の世の厳しさとそれに立ち向かう勇気、希望の光を感じます。
9番は「死」「埋葬」の象徴。9番ほど人生に対する深い愛着と惜別の思いを表した曲を知らない。>


このような曲の解釈を何も知らずに聴いたとしても、曲から受けるメッセージは『死』で、
苦しい人生が終に終わる・・しかし死ぬことも簡単ではなくもう一つの苦しみ・・そうして最後にやっと訪れる安息・・
というイメージに深くとらわれます。
(4楽章の最終小節には「死に絶えるように」と注釈がついています。)
9番には「死の予感」が強く感じられるのですが、マーラーはこの交響曲を自ら初演することなく死を迎えます。


マーラーの交響曲というのは、聴く側の置かれている状況や精神状態によって、様々な感情が呼び起こされます。
前回のチョン・ミョンフン指揮 =東京フィルの『9番』のときは悲しみの感情に激しく揺さぶられましたが、今回の『9番』は、静かに穏やかに聴くことができました。

聴く側の精神状況の違いもありますが、指揮者がそのときに表現しようとするもの、表現方法によって、音楽はかなり違う印象になります。
マーラーの交響曲はどれも1時間以上の長さを持っていますが、聞き慣れると、残念なくらい時間は速く過ぎてしまいます。

(覚え)
エリアフ・インバル マーラを語る
http://sachat06.blog.so-net.ne.jp/2007-12-14
http://sachat06.blog.so-net.ne.jp/2007-12-16

チョン・ミョンフン=東京フィル『マーラー / 交響曲第9番ニ長調』
http://sachat06.blog.so-net.ne.jp/2008-03-11-1

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フルートレッスン(23) 〜 完全に失速 〜 [音楽]

フルートの練習、完全に失速しています。
(アンダーソンのグランドエチュード11番)

今年の2月は関東では異例の寒さで、雪にもたくさん降りいろいろと支障をきたしました。
私の地域ではたいした雪でもなかったので日常生活は問題なかったのですが、雪のため電車が動かずフルートのレッスンが中止になり、しばらくして今度は先生がインフルエンザにかかり休講になったり・・で、ガリボルディ10番は一度見てもらったきり、3週間あくことになってしまいました。

エチュードは一回でパスすることはあまりなく、二回目が大事なのですが、この二回目が諸事情でのびのびになってしまうと、もうだめです。
同じ曲ばかり練習するとだんだん嫌気がさしていい加減になってくるし、先の曲を練習してもポイントがつかめず、かえってマイナスになっているような気がします。
11番は一度見てもらって十分練習したので合格のはずが、レッスンがないため合格がもらえず、宙ぶらりんのまま来週の土曜まで持ち越しで、神経にも良くありません。

どんどんフルートが遠のいていく・・。


自分で練習すればいいだろうと思うのですが、それが難しい。
先生が「自分で練習できるようになるために、レッスンしているのだ」と仰ったことがありますが、納得です。
時間があっても、うまく音楽解釈ができないためイライラして練習に身が入らない。エチュードは、先生の一言、二言のアドヴァイスで、「あ〜、そうだったか」と、合点がいき急に吹けるようになることが多いのです。
そういう目からうろこの体験がレッスンの面白さ、有意義さでしょう。

一々教わらなくても自分である程度練習できるようになるにはまだまだ相当かかりそうです。


ところで、10番の練習というのは「高音域の音をヴィブラートをかけてすんなり出す」ためにはとてもいい練習曲のようです。
10番の練習をしていて、たまに「アルルの女」を吹いたりすると、最初のフレーズ(2小節目)のソの音などなんでもなく出てしまいます。10番の最高音はソ♯でしかも指使いは速い・・なので簡単なわけです。

やっぱりエチュードはすごい。
エチュードを積み上げていくことで、どんな曲も演奏できるような気がしています。

それにしても寒い2月でした。寒さにだんだん疲れてきました。
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クラウディオ・アバドについて [音楽]

またしても偉大な巨匠の訃報。
世界的に有名な指揮者であるクラウディオ・アバドが、2014年1月20日に亡くなりました。(享年80歳)

私がクラシック音楽(交響曲)愛好家になったきっかけは、クラウディオ・アバドが設立したグスタフ・マーラー・ユーゲント管弦楽団の演奏を聴いたときからで、それ以来アバドの存在は常に特別なものだったように思います。



2004年4月21日(サントリーホール)
指揮者 ピエール・ブーレーズ
グスタフ・マーラー・ユーゲント・オーケストラ
演目  マーラー6番

このときのG.M.U.O.(グスタフ・マーラー・ユーゲント・オーケストラ)の演奏は忘れられません。
G.M.U.O.のメンバーは、世界各地から集められた若き俊英たちです!(年令は26歳以下と決まっています)
マーラーの交響曲は100人を越える大編成で、ずらりと並んだ楽団員のそれぞれからほとばしる情熱、全員が前に乗り出すようにして、巨匠ピエール・ブーレーズの指揮に集中して創りあげていく、密度の高い音楽、その音その姿が、心に焼き付いています。
フルーティストの中にはシエナのキジアーナ音楽院での公開レッスンで見かけたビルギットがいました。(レッスンで、抜群の実力を持っていた人でした。)


実際にクラウディオ・アバドのコンサートを聴きに行ったのは2回だけでした。


初めて、アバドの演奏会を聴いたのは、2004年8月22日、
スイスの『ルツェルン音楽祭』でのこと。
鮮烈な印象を受けました。

このときは、マーラー・チェンバー・オーケストラで、
演目は、ヒンデミットとベートーヴェン交響曲1番

IMGP0305.jpgルツェルン音楽祭

アバドの人気は絶大で、演奏後、2階のバルコニー席にいた着飾ったご婦人方から、たくさんの花がステージ上のアバドに投げられて、それはもうとても華やかでした。
さすがにヨーロッパはクラシックの本場、アバドは文字通り『アイドル』なのだなと、強く感じました。アバドのにこやかな笑顔も印象的でした。

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音楽祭のあと、ホールを出るとこんな風景が・・。


二度目にアバドの演奏を聴いたのは2007年、ロンドンの『プロムス』で。
(ロイヤル・アルバート・ホールにて)
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オーケストラはルツェルン祝祭管弦楽団
演目はマーラー交響曲3番

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真ん中にアバドがいます。

ロイヤルアルバートホールはステージ前のフロアが立ち見席、最上階にも椅子なしの立ち見席があり、開場前には、立ち見席の当日券を買うための行列ができていました。(これはちょっと並べば簡単にチケットが手に入れそうです。)
しかも、席は一階のステージの真ん前のフロア!
すごい席ですが、マーラーをじっと立ったままで聴くというのは、どう考えても私には体力的に不可能に思えます。(日本人はよほど体力がないのでしょうか。)
最上階の方の席は手すりの間からの見物になりますが、床に座り込んでも(寝ころんでも?)大丈夫なようで、気に入りました。

プロムスのチケットは一番安い席だと、地下鉄代と同じくらいで、日本だとウン万円もするのに・・と思ってため息が出ました。文化なのですねえ。

アバドは、このG.M.U.O.のOBでマーラー・チェンバー・オーケストラを設立。

さらに、ルツェルン音楽祭のために、マーラー・チェンバー・オーケストラを中心にベルリンフィルなど他のオーケストラのメンバーに呼びかけ、ルツェルン祝祭管弦楽団を設立しました。

また、あの偉大なピアニスト、マルタ・アルゲリッチとの協演で、歴史に残る名演奏を残しました。

とにかく大巨匠でした。
たった2回でもクラウディア・アバドのコンサートを聴けたことは幸運だった、と今にして思います。時間(人生の)というのは本当に限られています。ぼやぼやしていられないのです。

<略歴>
1933年、イタリアのミラノ、音楽一家に生まれる。
ミラノ音楽院(ウ”エルディ音学院)、ウィーン音楽院で指揮を学ぶ。
1959年、指揮者としてデビュー、カラヤンに注目されザルツブルグ音楽祭にデビュー。
1968年、ミラノスカラ座指揮者、72年に音楽監督、77年に芸術監督、スカラ・フィルハーモニー管弦楽団を設立
1979年、ロンドン交響楽団首席指揮、音楽監督
1986年、グスタフ・マーラー・ユーゲント管弦楽団設立
1990年ベルリンフィル首席指揮者、芸術監督
1997年、マーラー・チェンバー・オーケストラ設立
2003年、ルツェルン祝祭管弦楽団の設立に寄与、首席指揮者、芸術監督

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フルートレッスン(22)  〜楽器の話〜 [音楽]

フルートの頭部管の中のコルクは泣きどころで、
ある日突然音が出にくくなる。
でも、はっきりわかるほど出にくくなるわけではなく、
ただ何となく吹いているうち疲れやすくなってきて、何日かすると、練習が楽しくなくなってくる・・こういうときは、コルクがダメになっているときだということがようやくわかってきた。

先生に見てもらうと、「あ、これはコルクがダメだ」と診断され、コルク交換となる。
先生は一月に2回もコルク交換するときもるそうだ。
コルクには品質が良いのと良くないのがあって、一週間ほど使ってみて「あ、これはだめ」とわかる場合が多いらしい。
密度がある物が良いのだが、外目にわからないのが難点で使ってみるしかない。

フルートには湿度50%前後が理想的な状態で、冬は乾燥が困った問題となる。
先生はフルートを保管するときはコップ一杯の水と一緒に金庫に入れているそうだ。

楽器に対する先生の研究熱心は尽きることがなく、
レッスンに行く度に弟子の楽器の調子を確かめ音を吟味している。

この間、ソノリテ練習で低音はいつもよりスムーズだったけれど、高音域がなぜか苦しい(ヘインズは高音に強いのに)。
吹き終わって「高音が出にくかったです」と言うと、「それでよろしい。その位の抵抗があるのがいい。」「最近の楽器は全部の音が簡単に出るように作られている。だからまったくつまらない音になってしまう。」だそうだ。

この辺りの話はまだ私にはよくわからない部分もある。
倍音が少ないと「暗い音」、多いと「明るい音」というのも、なんとなくわかりそうでまだわからない。
先生が求める音は、明るくて響きがある音だが、きれいな音しか出ない楽器も、表現の幅が狭くなるためダメなのだそうだ。ザラッとした音色も出ないと・・。

ところで、あのエマニュエル・パユが楽器を新調したという話が音楽情報雑誌「ぶらあぼ」(2014年1月号)に載っていた。
ヘインズの14金製フルート。

IMG_1496.JPG

雑誌の中のパユの話を引用すると、

「1960年代にジャン=ピエール・ランパルも同型を使っていた名器で、”エレガント”の一言につきます。技術的な負担が大きく軽減されて、音楽により専念できる。古い車から最先端のハイブリッドカーに乗り換えたように幸せな吹き心地です(笑)」

いつも最先端のハイブリッドカーに乗っているような演奏をするパユが、そんなことを言うのは、どういう意味だろう?と不思議な感じ。

ヘインズ派の私としてはぜひぜひ、ヘインズを吹くパユの演奏を聴きたいと思っています。



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